2025年2月21日(金)
歯科に対する想いはデカく、態度もデカいが見た目もデカくなりつつある、そんな岸本知弘が身の引き締まる思いで綴る徒然。今回も最後までお付き合い頂きますよう宜しくお願い致します。
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我が国には「笑い学」という、笑うことについて真剣に考える学問があります。
「日本笑い学会」というれっきとした学会も存在します。
2月9日(日)に大阪で開催されました【笑い学会・オープン講座】に参加してきました。
今回の講師は、日本笑い学会の初代会長、井上宏先生でした。
井上先生は京都大学文学部哲学科社会学専攻を卒業後、読売テレビに就職の後、関西大学で教鞭を執るようになり【笑い学】を提唱されます。
2003年の定年退職後は関西大学名誉教授として引き続き笑い学を探求され、今までに「笑い」に関する著書を14冊出しておられます。
笑いは、人間が(ひょっとしたら人間以外の動物も?)持ち合わす感情表現の1つです。
笑いって、学んで獲得した機能では無く、生まれたときから既に備わっている能力だそうです。
生まれたての赤ちゃんの笑い(新生児微笑)を「あれは笑いじゃ無い」という学者もおられる?
兎にも角にも、笑いには自他共に色んな効果があります。
・生まれ出たら元気に生きなければならない
・仲間と仲良く生きなければならない
上記を達成するには、人類が続いていく為には、上記2点は至上命題である。
笑いは元気に生きることに大いに関係している。
また、ホメオスタシスの原理(恒常性の原理。自己回復力)にも笑いは重要な役割を担う。
社会の類型としてタテ社会(武士社会;攻撃としての笑い)とヨコ社会(商人社会;協調としての笑い)があり、笑いは人間関係の【親和】と【敵対】に関わっている。
井上先生の探究心はすさまじく、講演はいよいよ佳境に差し掛かり、西田幾多郎「善の研究」についても触れられることに!
笑いについて軽い気持ちで聴講に来たら、まさか西田幾多郎先生まで話題に出てくるとは!
西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」の概念とは、【分解】と【合成】は、相反する働きで同時に存在する、というもの。世界は相反する要素を抱えながら成り立っている。
善と悪、生と死、苦と楽、動と静、悲しみと喜び、緊張と緩和、時間と空間、など。
人間は、矛盾を同時的に抱えながら生きている。矛盾し合っているのだが、互いに他が無しには存在できない。一方が表に出ると他方は隠れているという在り方で。
人間は時間と共に、老いて死に向かう。恒常性の原理(ホメオスタシス)は働くものの、動的平衡を保ちながら、やがては死を迎える。生と死の間を生きるが、その間を生きていく人間の知恵が【笑うこと】であり【ユーモアのこころ】ではないか。
【記憶】と【忘却】では、専ら【記憶】が大事とされるが、【忘却】なくしては人間は生きられない。【記憶力】は推奨されるが【忘却】の重要性を見落としてはならない。
井上先生はこのあたりまで纏められた後、「さて、その先がどうなるのか、がわからない」と話されて今回の講演はお開きとなりました。
今現在、そして恐らく今後も、死を超えることは出来ないでしょう。
笑いが動であるなら哲学は静、井上先生の中にも絶対矛盾的自己同一がそんざいしているのだなぁ、と深く感じ入ることが出来ました。
【笑い】は一世代で終わるものなのか、それともバトンタッチして受け継がれるものなのか・・・
2025.02.21